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社団法人 日本建築家協会
近畿支部 京都地域会
会長 國 吉 公 一 |
今、建築界を大きく揺るがす大問題が起きている。
信じられない事だが、建築の根幹的な構造をごまかしてコストダウンして建設する為に、
構造計算書を改ざんして法規を潜り抜けると言う、全く馬鹿げた建築士の仕事が行われた。
我々「建築家」は日々仕事の中で、設計や現場監理の際に、幾多の難関にぶち当たった時に常に「良い建築」を造ることに最善の努力し、まして構造計画から生まれる要求は変えられない条件として取り組むものである。いかにデザイン上細く美しくと思ってもその条件の中で格闘しているものである。今回の事件は、そんな事とも程遠く、建設コストと工期の短縮の為といった理由で簡単にあってはならない一線を容易に越えてしまっている。もちろんこのコストと工期は大切な事で効率の良い建設行為は必須条件であるが、それらは全て「良い建築」を目差して設計者も施工者も苦心しているのである。それらの最後の砦が「倫理性」で、人の良心以前に仕事につくものなら当たり前の事である。
今回の事件では、設計者は発注者或いは施工者(考えられない事だが)の意のままにコストの削減を迫られ、自己の良心(どころか)技術者の最低限度の「倫理」をも踏み越えて報酬のみに走ったとも言える。設計報酬の意味はその専門性に支払われるのであろうし、確実性がその支払われる所以である。
ミスではなく意図的な改ざんは容易に見抜けないとは言われているが、今回の場合は或る意味技術者なら容易に誰もが見ぬける範囲の事ではなかったのだろうか?「まさか?」の考えもしないこと故なのか?確認検査機構もチェックしきれなかったのはフェイルセイブも働かなかったわけで、コンピューターチェックの仕方や構造技術者不足も手伝って今後の改善策が求められる。
これらの一連の事件では、設計者の役割は、発注者、施工者の意のままに建設コストに対応する誠に情けない状況である。
我々建築家は、設計・監理の独立性を常に保ちながら、発注者の意を汲んで建築設計し、施工現場においては技術指導及び共に技術工夫をしながら監理に携わり、少しでも「良い建築」を創り出そうと最善を尽くしているものである。そこには、今回の構造計算書偽装の事件は考えられもしない事ではあるが、これを他人事とするのではなく、更に自戒の念をももってこれを機に再度自らの姿勢を検証し、新たな気持ちで今後の建築の創生に取り組んで行きたいと考えている。
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